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甲子園 いい試合 & 名場面



ここは高校野球(夏限定)において繰り広げられた
かなり印象に残る試合を
やっつぁんの独断と偏見で取り上げたページです。



↓ただいまの作成予定の項目です↓   やきゅうのページへ




●奇跡のバックホーム

●サヨナラボーク

●松坂3連投

●9回両校打ちも打ったり
  ●決勝戦引き分け再試合

●公立高校 佐賀キター

●9回2死 新潟県民一丸






奇跡のバックホーム

第78回(1996) 松山商業-熊本工業  決勝戦 

 
  10 11
 松山商  3  0  0  0  0  0  0  0  3
 熊本工  0  0  0  0  0  1  1  0  0


 やっつぁんが本格的に高校野球ファンになったプレー。
 いや、高校野球史上 最も伝説に残るシーンです。

 この日の決勝戦。
 確か中学2年の夏休み。

 田舎が鹿児島(奄美大島)なので なんとなく、
 近隣の県の熊本工業を応援していたのを覚えている。


 この時の、熊本工業の故・田中久幸監督は、元阪神 秀太の父らしい。


 注目の試合は、
 松山商のエース新田 、熊本工園田の投げあいで試合開始。
 初回に園田の立ち上がりを攻めて松山商が3点を先制。


 しかし、その後立ち直った園田を後押しするように
 熊本工打線も新田から点を重ねプレッシャーをかけていく。

 両投手の好投により息詰まる展開へ。


 そして、1点差の9回裏。
 2者が連続三振で熊本工の攻撃もあと一人。

 まさに9回2アウト。。。

 打席に向かったのは1年生の沢村。

 その初球!
 思いっきり振ったバットに快音が鳴り響く。

 レフトポール際に飛び込んだ打球は
 起死回生の同点本塁打!!


 試合は俄然、熊本工のペース!!


 延長に入り
 10回裏、熊本工にサヨナラのチャンスが到来。

 1死ランナー3塁。
 追い込まれた松山商 沢田監督はこれまで粘り投げ続けた新田をライトに下げ
 渡辺にピッチャー交代を指示。
 そして、満塁策をとった。

 10回裏1死満塁。
 完全に球場は熊本工のサヨナラを期待して
 甲子園独特の雰囲気で包まれていた。


 打席には左の本多が緊張を抑えながらバッターボックスへ入り、
 土を踏み均して (←ここからYou Tubeでも見れます)
 一喝して気持ちを高めていた。


 その時、何かを察した沢田監督は
 ライトに下げた先発新田に代えて、矢野をおくった。


 この交代が奇跡を呼び起こす。



 仕切り直して、1死満塁。
 外野に打球が飛びさえすれば、熊本工の優勝が決まる!!


 いきなりの 初球!!

 文句なしの快音が鳴り響く!!

 打った瞬間の角度と打球の強さ
 ライト方向へ深いあたり!!

 アナウンサーも
「行ったーーー! これは文句なし!! の大絶叫!!!!
 完全にサヨナラを確信!!!!

 でもバックし続けるライトを見て、あれ取れそう??
 甲子園独特のハマ風が打球を押し戻す。。。

 でも、犠牲フライには十分!!

 優勝へのタッチアップ!!!!


 フライを捕球したライトがすぐさまバックホーム!!
 これまた、テレビ画面から飛び出すような山なりの返球!!

 球場の誰もが熊本工の優勝を疑わなかった

 次の瞬間



 ランナーとキャッチャーが交錯!!     判定は  タッチアウト!!!!


 なんじゃこりゃ〜〜〜〜〜!!!!


 画面から一度消えたはずのボールが 急にまた現れて
 文句なしどストライク返球!!

 奇跡のバックホームの瞬間、
 甲子園のどよめき以上に、テレビの前で大絶叫。

 「野球は代わったところに打球が飛ぶ」とよく言うけど
 信じられへんプレーwww


 さらに
 「ファインプレーをした後の選手はよく打つ」
 この言葉どおり、11回表先頭バッターの矢野の2塁打を
 足がかりに松山商が3点をとり優勝を決定づけた。。。


 このバックホームこそが間違いなく すべての高校野球ファンを魅了する
 誰もが疑いをもたない伝説のプレー。




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サヨナラボーク

第80回(1998) 豊田大谷-宇部商  2回戦 

 
  10 11 12 13 14 15
宇部商  0  1  0  0  0  0  0  0  0  0
豊田大  0  0  0  1  0  0  0  0  0  1


 「210」

 この数字は宇部商藤田がこの試合
 一人で投げきった投球数。


 近年、高校野球においても投手の分業制がすすみ
 一人で全試合を投げきる投手は少なくなってきている。
 スポーツを科学的に考えれば当然の流れだけど、
 できれば高校野球ファンとしてはエースなら最後まで投げきる姿がみたい。
 この80回記念大会は、松坂(現 レッドソックス)、杉内(現 ソフトバンク)、新垣(現 ソフトバンク)、
 藤川(現 阪神)、久保田(現 阪神)など、のちに球界を代表とする
 いわゆる松坂世代と呼ばれる好投手が揃った印象的な年だった。

 そんな中、高校野球ファンの心を掴んだのが、
 宇部商2年生の藤田だった。




 試合は、序盤まで宇部商のペース。

 残すは9回の守りだけ、1点差。
 しかし、失策がからみ藤田は2死1、3塁のピンチを迎える。

 ここで豊田大谷の後藤監督のとった作戦は、
 なんとダブルスチール!!

 意表をつかれた宇部商は同点を許す。


 だが、宇部商の藤田の気は切れていなかった。
 延長に入っても負けん気は変わらず
 豊田大谷の強打者 古木(元 横浜・オリックス)も完全に抑え、
 引き分け再試合になる18回まで投げきるつもりで一人で投げていた。


 そして、15回の裏を迎える。


 失策がらみにより宇部商はピンチを迎え
 そして満塁策をとった。

 無死満塁の絶体絶命!


 それでも、藤田はマウンドで落ち着きをはらい、

 バッターを2−1まで追い込んだ。。。


 そして、211球目。
 セットポジションに入ろうとする瞬間、
 キャッチャーがサインを変えた。

 藤田は、無意識のまま両腕を戻す。


 次の瞬間、本塁審判が大きく両手を挙げて
 本塁ベース前へ出てきて、3塁ランナーの進塁を宣告した。


 ガッツポーズを見せながらホームへ還る3塁ランナー。
 喜びの表情で集まる豊田大谷の選手。


 何が起きたかわからず藤田は
 呆然とホーム方向を見つめていた。

 サヨナラ押し出しボーク。

 80回続く夏の大会の中で史上初となる
 ボークでの試合終了だった。


 試合後の藤田は、インタビューに対してボークの瞬間を
 ただ「何も覚えていません」「わかりません」と応えるだけだった。

 あの場面でボークの判定なんて、という声も多いが、
 ボークを宣告する審判も勇気がいるはず。

 藤田の211球目は投げられることはなかったけど
 全国何百万人もの高校野球ファンの心にはしっかりと届いた
 忘れられないシーンだった。



 (ちなみに、豊田大谷の後藤監督は元巨人の後藤孝志の実兄です)


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松坂3連投

第80回(1998) 横浜-PL学園   準々決勝 

  10 11 12 13 14 15 16 17
横 浜  0  0  0  0  0
P L  0  0  0  0  0

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第80回(1998) 横浜-明徳義塾  準決勝 

 
 明 徳  0  1  3  1  0  1  0
 横 浜  0  0  0  0  0  3  4


第80回(1998) 横浜-京都成章  決勝戦

 
 京都成  0  0  0  0  0  0  0
 横 浜  0  1  1  0  0  1  ×


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9回両校打ちも打ったり

第88回(2006) 帝京-智弁和歌山  準々決勝


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決勝戦 引き分け再試合

第88回(2006) 駒大苫小牧-早稲田実業  決勝戦


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公立高校佐賀 キター

第89回(2007) 広陵-佐賀北   決勝戦


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9回2死 新潟県民一丸 脅威の粘り

第91回(2009) 日本文理-中京大中京   決勝戦


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何か加えて欲しいものがあれば連絡ください。
検討して追加します。(やっつぁん)


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