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寛解導入療法2  移植の話



薬はかわって2回目の治療の始まり。


 使用した抗がん剤は、キロサイド・ダウノマイシン。

 今回のこのダウノマイシンって薬が曲者やった。色は
真っ赤、見るからに体に悪そう。。2日目には食欲がなくなり吐き気満載!トイレに行くと赤いおしっこが出る。薬が青けりゃ青いおしっこが出るらしい。なんでこんな色してるかっていうと取り扱い時に間違いが起こらないように色をつけて区別しているらしい。なるほど医療ミス起きたら大変やもんな。
 吐き気がひどかった、それ以上に食欲がないことが辛かった。それでも根性でごはんは残さず食べていた。食後が一番調子悪かった。


 先生から骨髄移植の話があった。このまま化学療法だけでは完治が難しく移植のドナー候補として姉のHLAを調べる必要があった。


 ノドの奥が痛くて炎症を起こしていることに気づいた。クリーン前に風邪なんかひいたらえらいこっちゃ!イソジンの出番やとばかりに何かあるたびにうがいをした。食事の前にうがい・後にうがい・寝る前にうがい・トイレから帰ってきてうがい・人が面会に来てくれたあとにうがい!イソジンのCMのカバになった気持ちでうがいを徹底した!  しばらくしてさらに気づいたことが、ノドの炎症が大分奥の方でうがいしても全然届いてへん!意味ないやん!!( ̄□ ̄;)
 でも意味は十分にあったらしく風邪予防になってるよとほめられた。
 ノドはそのままで2回目のクリーンに入ることになった。


 2回目のクリーン生活。
 前回もそうやったけどクリーンルーム入る日近辺が一番体調が悪い。当日なんかやっとクリーンに入れたぁぁ!!って安心する部分もある。誰も来ないアイソレーターの馬鹿デカイ騒音だけがブオオオォォーっと鳴り響いてるこの部屋が落ち着くようになってきたなんてちょっと複雑。。。

 姉がHLAの検査のために採血をした。結果は一週間後に出る。

 クリーン2日目に39.4℃の熱。解熱剤を飲んで寝ててもいっこうに下がりそうもなく、体がどうしようもなく熱かったからフトンから出て薄着でイスに座ってテレビ見てたらほどよい汗が出て見事熱が下がった!やっぱ気持ちが大事やね!
 クリーン中に阪神がリーグ優勝した!せっかくやからみんなで中継見たかった!まさかこんな監禁部屋で一人で見てるなんて思ってもなかった。 その日の関西のテレビ局は凄かった!夜中に一瞬NHKを含めて民放全局が阪神の特番をやっていた!(教育テレビはさすがにやってへんかった) 次の日すぐに姉がスポーツ紙全紙を買ってきてくれて嬉しかった!このときは日本シリーズの歴史的惨敗なんて知らずに幸せやった。
 世間ではクールビズからウォームビズにかわる頃、やっつぁんは物凄い電気代のかかりそうな大型空気清浄機とエアコンのせいでノドの調子をさらに悪くしていた。寝てるときが一番乾燥してノドが痛む。マスクして寝るとだいぶマシやけど気づいたらどっかに飛んでってる。
 ずっと悩まされてたけどエアコンを切ったらノドの炎症は3日で消えた!よくよく考えたら部屋が乾燥してただけらしいf^_^;)

 今回のクリーンは9日間であけた。もう白血球が5000まで増えてるらしい、若いから早いんやろうねと看護婦さんのみんな感心してた。



 クリーンが明けたこの日は先生の報告が多かった。

・姉とのHLAは不一致 全く合っていないためドナーにはならない
・骨髄バンクでの簡易検索でフルマッチドナーが0人(該当者なし)
・治療の効き目具合から見ても移植は必要であること 
・さい帯血移植を念頭に治療を進めていくこと      



 話を聞いてショックやった、姉のHLAが合わないのはともかくバンクのドナーがいないって。。。
 さあまた勉強のし直しや!そう思って夜遅くまでパソコンにかじりついてた。



 次の日、姉と従兄にも説明があって3人同席で先生の話を聞いた。
 説明はきのうといっしょだったが驚く点が 
採血データ!!
 このとき初めて1回目の化学療法が全く効いてなかったことを知った。説明によると今回2回目の治療も始めは効きが悪く先生は諦めていたらしい、『ビクともしないっ!』っていう先生の言葉がちょっとおかしくて笑いそうになった。あの場でこんなのんびりした考えやったんは他人ごとみたいに聞いてたからやと思う。 それで、2回目の治療がしばらくしてからジワジワと白血病細胞が消えていって、思っていたよりはそこそこ効いてくれたらしい。これを聞いたときは途方に暮れそうになったけど、薬の効き目が遅いところがスロースターターな自分と似ててなんか憎めんかった。

 今後の予定は今回の治療がどれぐらい効いたか骨髄の回復を待ってからマルクをしてそれを見てから次の治療に移る。そこで次の治療までに、この病院では移植はできないので移植をする大学病院に一度行って入院の手続きを事前にして 主治医の先生に会いに行くことになった。



 外泊や!今回は2泊3日でいとこの家でお世話になった。昼ごはんにたこ焼きをして、家で作るたこ焼きがあんなにおいしいなんて忘れてたで(TOT)
 外泊2日目に急にホームページを作るパソコンのソフトが欲しくなってバイクふかしてPCショップに行ってビルダーを買ってきた。(このHPもビルダーで出来てます)
 夜に家の近くの祭りに行ったりもした。この年になって祭りの良さがわかってきてお御輿を見て感動してた。



 大学病院は広かった!姉といとこの3人で外来。担当してくれたのはM先生(30〜40才くらい) カンファレンス室みたいなところでの説明。 内容はてっきりさい帯血移植進めていく話と思いきや、先生は骨髄移植(一抗原不一致)を推したカンジの話をしてくれた。ひと通り状況確認したあとその場で先生が 『骨髄バンクとさい帯血どっちにしますか?』 と聞いてきた。えっ!! そんな大事なこと即答できへんし!!

 結局その場では決めれず、いや、決めれるわけなくてしばらく考える時間をもらって帰った。


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