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甲子園の土


高校球児が目指す甲子園。
いつしかそこでプレーした誰もが甲子園の土を持ち帰るようになっていった。

これは憧れの甲子園へ行ったという証であり、一生の大切な思い出の品となる。


 

 土へのこだわり   


 阪神甲子園球場のある西宮市(阪神間)は海からも近く、その土地は浜辺でよく見られる白砂青松であり、土も白くそのまま野球場の土として使用するにはボールが見えにくい状態だった。
 そこで、考えられたのが黒土とのブレンド。
 何度も熟慮された後に、完成されたブレンド土が使用されるようになった。当時は淡路島の土を取り寄せていたらしい。

 土のブレンドは毎年変更される!

 驚くことにグランドを管理される担当者が毎年、自らグランドを駆け抜けてスライディングをしたりボールの跳ね具合を見て、試行錯誤を重ねてそのつど、黒土と白砂の分量や採土地を変える絶え間ない努力を続けている。


現在では、

鹿児島県大隈半島の鹿屋の黒土
中国福建省の白砂


を混ぜ合わして作られている。



さらに、高校野球の行われる春と夏では気候が違うように土の比率も変わり

春が砂6:土4   夏が砂4:土6  の割合でブレンドされているらしい。


 

このように、グランドキーパーと呼ばれる球場関係者の日々絶え間ない地道な苦労があるおかげで
高校球児がのびのびプレーをできるのであって
阪神タイガーズの選手たちが活躍するわけで
舞台があればその舞台を支える人々がいるコトとその人々の努力に対する感謝を忘れてはいけない。


だから甲子園の土の主成分は外国人の吐いたツバでできていると言い張る僕の知り合いはホラ吹きである。




さらに!!

こんな漫画もあるらしい。。。



 『甲子園の土』 画 一峰 大二


 少年画報連載 1968年1月号〜1969年12号 

 単行本
ヒットコミックス 全4巻

 あらすじ
己を燃やす若い青春の血を持て余し、ケンカに明け暮れる少年・沢村健治。両親を事故で亡くし、人生の落伍者が集まる「もぐら横町」に叔父夫婦と暮らす彼が、甲子園のグランドキーパーの老人・美鳩と出逢った事で野球に生き甲斐を見い出す。特待生として竜門高校へ進学し、野球部へ入部を果たす。主将の不動大作のしごきに耐え、見事エースとして夏の甲子園に出場した沢村は決勝進出、ライバル・紅光一の港学園と戦うが敗れる。主将の不動が卒業し、沢村は副主将として春の選抜に挑む。しかし、沢村を憎むアメリカ帰りの新入部員・西城法彦の卑劣な罠にはまり、準決勝で敗れてしまうのだった。その後、西城の妹の手紙によってその陰謀は明るみにされ、部員から白い目で見られた西城を庇ったのは、沢村だった。同じ甲子園を目指す仲間として接する沢村に西城は心を開き、チームワークはより一層深まる。そして、夏の甲子園大会へ2年連続出場を果たした沢村は選手宣誓を任された。そこで出合った強敵、北海道・美幌高との決勝戦。混血児の投手・大滝を相手に、甲子園で己の青春かける男と男の死闘は火花を散らす。決勝戦は日没引き分けにより、翌日再試合が行われた。接戦の末、見事沢村は甲子園優勝の栄冠を勝ち取った!その後、沢村健治は先輩の不動を追って阪神タイガースに入団し活躍するのであった。

(梶原一騎原作漫画網頁『一騎に読め!』より抜粋)





 最後にもうひとつ

甲子園のツタ

 甲子園の名物のひとつと言えば球場を丸々一周覆う緑のツタ
 これは甲子園が完成された1924年、その年の冬に植えられ、繁殖力がとても強くて一気に球場全体をすっぽり包み込んだ。
 その数が、株が430本。葉が覆う総面積は畳8000畳分との発表、種類は2種類。
 大部分は新緑と紅葉が特に美しく、冬に落葉するブドウ科のツタ(一名ナツヅタ)。
 あとひとつは、球場正面の7・8号門を覆っているウコギ科のツタ(一名フユヅタ)で、日当たりの悪いところでもよく育つ特性を持っている。


   ただし、現在ツタの植え替え作業中。。。


   ←今はこんな感じ (09年6月時点)



                。。。。 やきゅうのページへ






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